春なのに、春だから

 

佐賀県立点字図書館
館長  野口 幸男

 

 

  令和2年度が始まりました。点字図書館利用者及びボランティア、ならびに点字図書館を支えていただいております皆さまには、新たな年度も相変わりませずよろしくお願いいたします。
令和元年12月中旬に旧佐賀県総合保健会館に移転してから約4カ月が経ちました。本年年2月には旧点字図書館の解体工事が始まり、約半世紀の歴史をまとった建物はあっという間に姿を消し跡形もなくなってしまいました。これから新しい点字図書館の建設工事が始まっていくかと思うと、春の訪れと共に喜ばしい限りなのですが、そうとばかり言えない現実に直面しています。3月中旬、本原稿を書き始めているのですが、新型コロナウイルス感染の拡大が懸念され、点字図書館でも講習会等の中止を余儀なくされています。新型コロナウイルスによる感染症が始まった中国の湖北省武漢市が、1月下旬に封鎖されました。感染症の流行によって都市が封鎖されたという報道に、昔読んだアルベール・カミュの「ペスト」という小説が思い出されました。本棚で探すと、50年前に買った文庫本が黄ばんで立っていました。なぜか読む気になれないまま、日々を過ごしています。
 佐賀駅から点字図書館に向かって歩いてくると、2月中旬頃から沈丁花の香りが漂ってきます。マンションの角に一本、玄関の脇と車庫の出入口に一本ずつ植えられていて、東向きと南向きでは花の咲き方に少しタイムラグがあります。近くの公園では、桜のつぼみが膨らみ始めています。季節ごとの花の色や香りを地図の上に書き込んだら楽しいかもしれないなと思っていたら、三宮麻由子さんの本に出会いました。『季節を詠む 365日の体感』というタイトルで、2010年1月刊行の『空が香る』を加筆・修正して文庫として出されたものでした。視覚以外の感覚がとらえて描くさわやかで独特な文体に、春を味わうことが出来ました。その本から始まって、三宮さんの書かれた絵本たちと出会うことになります。「カコッ ホッ カル カル カル カル カル」、「ブオッファ ブオッファ ブオッファ 」、「ホー ホホホー ケキョ ホーホホ ホコケキョ ホコケケキキョ」。これって何の音に聞こえますか?正解は、春巻きを食べる音、物干しで風にはためくシーツの音、「ホー ホケキョ」を練習するウグイスの声、です。「春だから」、読みたくなってしまいました。三宮さんのことは、昨年7月号の図書館通信で『鳥が教えてくれた空』を紹介していました。
 春なのに、発生から9年になろうとする「東日本大震災」をはじめとする災害のことが、なぜか気にかかっています。大地震で倒壊した建物から被災者を助け出してくれたのは、大半が近所の人たちだったこと、身体に障害のある人が大雨による浸水に驚いて警察に電話をしたところ、近所の民生委員を紹介されたこと等、災害が発生した時には、地域社会での人々のつながりや支え合いの大切さが改めて見直されるような気がします。今年度、点字図書館では、災害に備える情報を皆さんにお伝えしていけたらと考えています。今回の「図書館通信」では、「避難行動要支援者」を支援する制度を、以後、「洪水ハザードマップ」等の情報の紹介を予定しています。
 1月から2月にかけて実施いたしました「令和元年度利用者満足度調査」では、お忙しい中ご協力をいただき有り難うございました。従来は文書等でアンケートを送付し回答を返送していただいておりましたが、回収率が3割という状態が続いたため、「電話での聞き取り」に方式を代えさせていただいております。数的に処理した集計結果を本通信に添付しておりますのでご高覧ください。また、お寄せいただきましたご意見等については、今後の図書館運営に活かさせていただきます。
 新型コロナウイルス感染症が、世界規模で広がっています。武者小路実篤の小説『愛と死』で、主人公とその恋人とを引き裂いたのは、100年ほど前に流行した「スペイン風邪」でした。自然災害であれ感染症であれ、人々の関係を容赦なく引き裂きます。そして、それらとの闘いの中で、人々の結びつきが深まってくるような気がします。感染症の予防に注意を払い、活動を自粛して息をひそめながら、日々伝えられる感染者や死亡者の人数に深い悲しみを覚えつつ、一刻も早い流行の終焉をと願うばかりです。

 



 


                                

 

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