秋の訪れとともに

 

佐賀県立点字図書館
館長  野口 幸男

 

 

 10月の声を聞くと、心なしか肩の荷が軽くなるような気がします。利用者及びボランティア、ならびに点字図書館を支えていただいております皆さまには、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
ご存知のように、新型コロナウイルス感染症拡大の影響によって、様々な大会等が中止になっています。大会の中止によって受賞の機会が失われ方々を以下にご紹介させていただくことで、お祝いに代えさせていただきます。九州視覚障害者情報提供施設大会福岡大会での点訳のメ野小百合さんと音訳の古川るみ子さん、公益財団法人鉄道弘済会の朗読録音奉仕者地区表彰での音訳の池田文子さん、心からお祝いと感謝を申し上げます。

 この春以降、不要不急の外出を控えるなど新たな日常が進行中です。利用者の皆さまは、どの様にお過ごしでしょうか。私事ですが、丁寧に新聞に目を通す習慣が生まれています。そんな中で、次のような短歌に出会いました。「左手は必ずグーで歩く君 点字読む指大事な食指」。名古屋市の福田万里子さんという方が詠まれていました。名前のかすかな記憶から、インターネットで調べてみると、昨年の「オンキョー世界点字作文コンクール」のサポートの部の佳作に、「チャレンジのあるべき姿さりげなく教えてくれし全盲の君」という歌で結ばれた福田さんの「チャレンジ」という文章がありました。福田さんは、人生の半分以上を盲学校で過ごしてこられた方で、数多くの生徒さんの中でも殊に思い出深いK君から学んだチャレンジ精神、それが引っ込み思案の彼女がコンクールに応募するきっかっけとなったとのことでした。
「これもまたリモート会話かもしれぬ 本を読むこと、とりわけ古典」。中津市の瀬口美子という方の歌には、「ふむふむ」とうなずいてしまいました。コロナ禍と猛暑の日々、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を改めて読み始めました。文庫本で5冊、キッチンスケールで計ってみたら全部で1360グラム、成人の脳の重さと同じくらいでした。音訳されたものはと調べてみると61時間35分で、飲まず食わずに二日半というものでした。朝夕に涼しい風が立ち始めるころ、最終巻に辿りつけそうな感じで読み進めています。

 ある朝、新聞の訃報欄にオリヴィア・デ・ハヴィラントの名前がありました。彼女は、20代の素敵な女優のまま私の記憶の中で生き続け、104歳という驚くべき年齢の後姿を見せて立ち去って行きました。彼女は、映画「風と共に去りぬ」で、主人公スカーレットと対照的な柔和で聡明なメラニー・ハミルトンを演じた女優で、1916年7月1日東京生まれでした。そこまで来たところで、1915年7月3日東京で生まれた音訳ボランティア橋本ゆかりさんのことが思い浮かびました。「風と共に去りぬ」、さらにその続編の「スカーレット」を、橋本さんは音訳されていました。前者はカセットテープ全45巻67時間30分、後者は全38巻57時間、音訳されたのは彼女が80歳代の頃のようでした。

 秋の訪れの中で、最後の瞽女と呼ばれた小林ハルさんの生涯を描いた映画「瞽女 GOZE」の公開のニュースが流れました。出会いを心待ちにしながら、オリヴィア、橋本さん、小林さんを始めとするセンティナリアン(百歳人)に、わが身の至らなさを覚えることしきりです。

 まもなく灯火親しむの候、読書の秋も始まります。くれぐれもご自愛くださいますようお願いいたします。

 

 


                                

 

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