センター通信

センター長あいさつ

わからない


佐賀県立 視覚障害者情報・交流センター
センター長 田中 真理

 

 

 「あい さが」利用者及びボランティア、ならびに「あい さが」を支えていただいております皆さまには、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 今年の夏は暑かったですね。というか原稿を書いている今も暑いです。とはいえ、朝晩少しは涼しくなったでしょうか。パリオリンピック・パラリンピックも盛り上がりました。時差の関係であまり見られないかと思いましたが、まあ実際夜中の放送も多かったですが、あっちの昼間がこっちの夜ということで、逆に見やすい時間帯の放送も多くありました。次回のロサンゼルスオリンピックでは、マイナス17時間だそうです。むこうの18時が、こちらの翌日朝10時だとか。ということは、朝から昼過ぎにかけての放送が多くなりそうですね。こちらも意外と、放送を見るには良いのかもしれません。

さて、前回、前々回と絵の話が続き、今回は流石にやめようと思っていましたが、利用者さんから感想をいただき、その際に盛り上がって概念の話をしたら「書いて」と言われましたので、また書きます。はい、自分おだてに弱いです、すいません。

絵をやっていたと言うとよく、現代アートがわからんとか抽象画がわからんとか、「だから自分は芸術はよくわからん」と言われる方がいます。そして、「わからないから興味がない」と続きます。学校でも、この絵の作者はこの人、ぐらいしか習わないですしね。

まず申し上げたいのが、美術の鑑賞に正解など無いということです。見てもわからないと感じるなら、その「わからない」が自分の正直な感想で、それが間違いだと判断することは誰にもできません。強いて言うなら、作者にはその作品の正解を決める権利がありますが、作者の意図しなかったことを感じるということもまた美術の醍醐味ですので、見た人が何を感じたか、それを「あなたの感じ方は違う」と判断することは、やはり誰にもできないと言えると思います。

では、絵を鑑賞するとは、どうやればいいのでしょうか?

先ほど書いたように絵の見方に正解はありません。が、見るにあたってのポイントはいくつかあります。いくつかというか、大きく2つです。技術や知識の部分と、感覚や感情の部分です。

つまり、いつ、どこで、どんな画材で描かれ、どんな技法が使われているのかということと、この作品が何を表しているか、作品から何を感じるかということの2つです。

ちょっと有田焼に例えてみましょう。まず、有田焼とか陶磁器のことにまったく知識が無い状態ですと、綺麗だなぁとか、これ好きだなとか、あんまり好きじゃないなとか、まあそういう感想になります。別にこれでも悪いわけではありません。もう少し踏み込んで、荒々しくて怖い感じがするとか、華やかでかわいい感じがするとか、そんな感想を持ったりもするでしょう。それも楽しいことです。

ここに、知識が入るとまた変わります。有田焼がどういうものか、どんな特徴があるか、どんな作家がいるのか、それを知っている場合、いかにも有田焼らしい色合いだとか、こんなデザインもあるんだなとか、この絵付けはすごく技術が高いなんてことがわかるようになります。そうすると、唐津焼とか九谷焼とか、他の焼き物との違いも分かってきます。分かってくると、ああこれは有田焼だとか、柿右衛門っぽいな、なんてことが判断できたり、自分はこういうものが好きだなとか、逆にあっちの方が好みだな、といった感想が出てきます。そういうことです。

世の中のだいたいの美術鑑賞はこれの組み合わせです。……とあまり言い切ると怒られそうですが。まあでも、そんなものですよ(まだ言う)。私は実際に絵を描(か)いたりしていましたし、どんな画材がとか、どんな技法とか、この作家の他の作品はとか、そんなこともある程度頭に入っていますが、見るたびにいちいち全部思い出しているわけではありません。というかそんなに覚えてない……ゴホン。いや、とにかく。

知識が無ければ見に行ってはいけないなんてこともありません。そんなことをしていたら現代アートを見に行ける人なんかいなくなってしまいます。

何もわからなくてもいいんです。変なの、どういう意味だ、いやちょっとこれはわからん……全部、感じたことが正解です。知っているかというのは、その後です。気になったから調べる、でいいんです。私は有田焼のことは多少知ってても九谷焼のことはさっぱりわかりませんが、だからといって九谷焼を見に行かない方がいいのかというと、そうではないですよね。

これまでにない表現を目の当たりにしたとき、わからないと首をかしげるのは全員一緒です。なぜなら、見たことのないものを一瞬で理解し、説明できる人はほとんどいないからです。現代アートがわからないのは自分だけではありません。隣で作品を見ている人も、もしかしたらそこに座っている学芸員(がくげいいん)さんだって、わかっていないかもしれません。わからないことは、ありふれた結果であり感想であって、それをマイナスにとらえる必要は全くないのです。

まさにこの秋、佐賀県立美術館では現代アートの展覧会をやっています。この号が皆様のお手元に届く頃には会期も残り短くなっていると思いますが、ほんのちょっとでも、興味が湧いた方はぜひ、美術館へお越しください。一緒に、意味不明を体験しましょう。