センター通信
ごあいさつ
手間を楽しむ
佐賀県立 視覚障害者情報・交流センター
センター長 田中 真理
「あい さが」利用者及びボランティア、ならびに「あい さが」を支えていただいております皆さまには、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
梅雨はいつかと思っているうちに、もう夏のような気候になり、猛暑日寸前の気温になり…いや暑いですね。今年は暑くなるのがとても早かったような気がします。梅雨が遅かったせいでしょうか。皆様も熱中症にはお気を付けください。
さて、前回水彩画と油絵について書きましたが、今回は日本画についてご紹介します。日本画と聞いても、ピンとこない方も多いでしょう。歴史は長いですが、油彩や水彩に比べると知名度としては今一つです。
日本画とは、近代以降の日本の伝統的な様式を用いた絵画のことです。時代の定義については諸説あるので割愛しまして、伝統的な様式とは、顔料を膠と水で溶いた絵具を使い、紙又は絹または板などに描いた絵ということになります。実は、絵具の原料というのは水彩も油絵も日本画も同じです。溶剤や接着剤といったものの違いによって、違う名前の絵具になるわけです。日本画の場合は、描くときに粉末状の顔料に膠を溶かした水を混ぜて絵具を作り、使用します。膠も水も、あまり長く放置すると腐ってしまうので、一回で使い切ることを心がけます。
そう、日本画の絵の具は腐るのです……! 膠というのは動物の骨や皮から抽出した成分で、保存のために棒や粒などの固形状に固めてあり、それを湯煎で溶かして顔料と混ぜて使います。日本古来の接着剤で、美術のほかにも工芸や日常生活でも使われてきました。ようは日本版のゼラチンのりですね。化合物ではない、自然由来の動物成分ですので、保管には注意が必要です。溶かす時間を短縮するために多めに作るのですが、余ると夏場は一晩持たずに腐ってしまい…冷蔵庫に入れても、腐ると冷蔵庫が臭くなるレベルで匂いがします。動物性なのでとにかく生臭く、油のにおいとはまた違った悪臭です。日本画をやっていたころは、毎日使う前に匂いを確認するのが日課でした。腐った膠で絵を描くと、絵まで臭くなるのです。
下準備にも時間がかかります。大きな作品は紙にそのまま描くと水分でたわんでしまうので、木製パネルなどに紙を張って使うのですが、これまたそのままだと木のアクが滲み出してしまうため、紙に滲み止めの下処理を行います。パネルに紙を張って乾かし、滲み止めを塗って乾かし、表にも絵の具の滲み防止処理を行い乾かし、それからようやく絵の製作に入ります。そうそう、着彩に入る時は、この辺で膠を溶かし始めます。大きいほど乾燥に時間がかかるので、ここまで短くても3日間くらいは見ます。季節や湿度により乾燥時間は変わる時もあり、いざ着彩というときは膠を砕くところから作り始め、粒状の絵の具を乳鉢で目の細かい粉状になるまですり潰し……。時短という言葉から、もっとも縁遠い分野かもしれません。その代わり、自分で好みの色を作り上げる楽しみというのがありますが。
何でそんな手間をかけるのか、初めから膠を混ぜた絵の具を売れば良いのでは?と思われる方も多いでしょう。実際売っていますが、少量のもの、限られた色のものしか売っていません。なぜかというと、前に書いた通り、膠に水分を混ぜた状態というのは長期保存には向かないからです。固形の膠と、粉状の顔料をひとまとめにするには、どうしても水分が必要で、全体の質量が多ければ多いほど水分量も多くなり、水分量が多くなるほど膠は腐りやすくなるため、「少量の」「よく使う色」だけを商品として売っています。作品の面積が大きければ絵の具の量も多くなり、であれば絵の具を手作りした方が、「安く」「大量に」「必要な色」を用意できるのです。もっとも、最近は大容量サイズや、多様なカラーの製品も販売されるようになってきました。
何だかすごく難しそうな作業の印象になってしまいましたが、そんなこともありません。大作を描くときは色々と大変なこともありますが、はがきやスケッチブックサイズであれば、市販の顔彩(膠などを調合済みの絵の具)を湿らせた筆に取って、そのまま描くことができます。絵手紙などは顔彩で描くのも一般的ですね。顔彩は一箱12色、16色などのセットで売られており、これを使えばパレットを持つ必要がない、便利な絵の具セットで、日本画らしい表現を手軽に体験することができます。
説明するだけで大変な文字数になってしまいました。うまく説明できませんでしたが、それぞれの技法について、または絵画について、少しでも皆様にお伝え出来ていたら幸いです。絵画に関する疑問なども、ぜひお気軽にお問い合わせください。
暑さに大雨にと、自然の厳しさを痛感する毎日ですが、これもまた写し取るべき美しさとして愛でていければ、多少はやわらぐかも……いや、やっぱり暑いのも、大雨もつらいですね。
何事もなく、秋のご挨拶ができますように。